アジアのMakers by 高須正和
クラウドファンディングで約8000万円を集めたインスタコードからMakerが学ぶべき点とは
「まったく新しいガジェットをゼロから作る」プロジェクトを個人が始めるのは、国内外どちらでもとても少なくなっている。その中でfabcrossでもレポートした楽器に挫折した人々を救う新楽器「インスタコード」のクラウドファンディングが約8000万円(79,391,746円)に到達して終了した。「目標金額がとても高く、しかも達成した」という点とオリジナリティの両方で注目すべき事例となった。筆者はプロジェクト主の永田雄一氏がモノ作りについて語るイベントを主催した。このプロジェクトには、多くの学ぶべき点を感じた。
明確なプランニングと徹底した行動
「誰でも1分で弾ける新しい楽器」として、ボタン化されたコードを押さえてアナログスイッチを弾くことで演奏するインスタコードのプロジェクトは、7月8日に目標金額の5000万円を突破した。筆者は6月25日にプロジェクト主の永田雄一氏とハードウェアエンジニアのウダデンシ(宇田道信)氏をスピーカーに「#インスタコード @insta_chord 開発者ゆーいち が語る『新しい楽器はなぜ、どうやってできたか』」というイベントを開催した。ハードウェアの説明は以前のレポート(楽器に挫折した人々を救う新楽器「インスタコード」誕生)に詳しいので、今回はイベントで語られた永田雄一氏の言葉を中心に、プロジェクトの狙いやマーケティングについて解説していく。
目標金額5000万円、1台3万円で1600台あまりの製造というのは非常に高いハードルに思える。実際にいくつかのクラウドファンディングサイトでは目標金額が高すぎるとして断られ、最終的にkibidangoに決まったという。筆者が支援した5月29日の段階ではまだ800万円ほど。正直「達成はしないだろう」と思いながらの支援だった。
草案ではスマホアプリとしてアイデアが出てきたインスタコードだが、新しい楽器として構想が立ち上がってから1年で、ショーなどで試奏できるレベルの試作機が完成した。この時点で試作機に1000万円の開発予算と、裏付けになるプランニングと試作、マーケティングを行っていたという。
試作機をアメリカのNAMM Show(世界最大級の楽器トレードショー)などいくつかのイベントに持ち込み、熱や手応えをつかむことはできた。それに加えて、Webアンケートを中心に「欲求を満たすか」「いくらなら欲しいか」「どういう人がどういうニーズで必要とするか」などを絞り込み、アイデアに対して実現する機能を絞り込んでいった。Bluetooth MIDIでの接続、本体内にスピーカーを組み込むなどの機能追加は、そうした対面とWeb調査の両方によって研ぎ澄まされてきたものだ。
結果として3万円で1600台以上、目標金額5000万円を達成して、はじめて製造に取りかかれるという厳しい条件となった。しかし、ここで妥協していたならそもそも魅力的なプロジェクトにならなかっただろう。試作に1000万円を投じたプロジェクトを中止するのは並大抵の決断ではない。それがこのゴールに現れている。
また「販売価格の決め方や、デザインと工場の間」バニー・ファンのMIT向け量産講義で語られているように、販売価格の決め方を失敗するスタートアップは多い。販売価格を低くしすぎると店頭でのマージンが確保できず置けなくなったり、マーケティング予算が確保できなくなったりする。インスタコードの価格はそれを考慮して決定されており、筆者が見る限りSNS広告などもマーケティングコストを考慮しながら効率よく実施している。
作るだけのプロジェクトではなく、何を作り、どうやって必要としている顧客に届けるかの全体を視野に入れている。5000万円はあくまで製造が成立する最低の数量で、試作にかけたコストなどを回収するには正式販売開始後を含めて8000万円以上が必要になるという。クラウドファンディングの開始前から、より高い目標を視野に入れたプロジェクト運営は、今後の多くのハードウェアスタートアップがクラウドファンディングを行う上で参考になるだろう。
熱意が動かしたドリームチーム。ついに製造へ
これまで紹介してきたプロジェクト全体のまとめが、プロジェクト主である永田雄一氏の仕事だ。また、インスタコードの設計/開発/製造は各方面で有名なハードウェア開発者が集まったドリームチームになっている。電子楽器ウダーを開発したウダデンシ、筐体デザインを手がけた武者デザイン、通信部を手がけるのQuicco Sound、量産設計の和幸ゴム工業、製造を担当するJENESIS HOLDINGSはクラウドファンディング開始時から発表されていたが、達成間近の7月7日になって「OVO」「GODj」「GODj Plus」などのさまざまなプロジェクトを手がけた、伝説的な音楽ガジェットの設計者である宮崎晃一郎氏が参加してスピーカー部分を手がけることが発表され、ガジェットに興味のあるファン達に衝撃を与えた。しかも宮崎氏はインスタコードについて、単なる設計を越えて日本のハードウェアスタートアップ全体への思いを込めたメッセージを投稿している。メンバーからこういう声が出ることが、チームの雰囲気や思いを物語る。
課題の多いクラウドファンディングで見事達成
Kickstarterなどのクラウドファンディングサイトがハードウェアスタートアップの登竜門と言われて久しいが、実際は大きな成功例よりも、失敗例の方が目につく。ハードウェア量産の見積金額は製造業者含めてきちんと詰めないと大きくブレるため、製造や資金調達まで考慮したプランをきちんと建ててからクラウドファンディングに望まないと、資金が集まっても製造できなくなってしまう。
僕は「2年間で30万円ほどクラウドファンディングでさまざまなハードウェアに投資したが、80%ぐらいはマトモに製造できていない」というレポートを2016年の頭に書いた。その後も多くのクラウドファンディングに出資しているが、プロジェクトの完了率は大きく変わっていないように思える。
むしろIndiegogoなどのクラウドファンディングサイトが中国深センにきちんと営業したこともあり、最近ではハードウェアのクラウドファンディングは、もともと製造する力のある会社が予約販売的に新製品を発表するものが多くなっている。Kickstarterは2013年、プロジェクトの失敗が問題になったときに「Kickstarter is not a store」というブログを発表したが、今の受け取られ方は「だいたいお店」ぐらいになりつつあると言えるだろう。そのなかで、まったくの個人が始めたプロジェクトが8000万円近い支援を集めていることは快挙と言っていい。
少人数、さらには一人で始めるようなハードウェアスタートアップだと、製品企画とマーケティングと性能はなかなか切りわけて考えられない問題になる。誰に向けて売るか、どういう製品か、それは現実的な金額で製造可能かはそれぞれ別分野の課題だが、会社のリソースが少ないハードウェアスタートアップではどれもあきらめられず、得意分野に集中しすぎて盲点が出てしまうことも多い。そして実際にハードウェアを作り上げる協力者探しとチームビルディングは、プランニングや資金調達、ユーザーとのコミュニケーションと同じぐらい重要だ。これだけスタープレーヤーが集まった、まったく新しいハードウェアだけに、製造も大きなチャレンジになる。プロジェクトは針の穴を通すようなバランスで、ナイフの刃の上を渡るように進んでいく。その意味でクラウドファンディングに大成功した後も、いくつも越えるべき難所は残っている。
マーケティングの上でもチームビルディングの上でも、今回のプロジェクトは多くの後続の参考になるだろう。