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アジアのMakers by 高須正和

タイ政府が教育にマイコンボードを大量採用 バンコクのGravitech

僕はアジアを拠点にしはじめた2014年ごろから、年に数度タイを訪れている。2015年5月のMaker Faire深センには多くのタイ人が参加し、彼らは戻ってそれぞれMakerスペースの運営を始めた。政府も2016年ぐらいからMaker教育、STEMやロボティクスの教育に力を入れ始めた。

タイ政府が数十万台の教育用マイコンボードを子どもたちに配布

タイ政府は2019年度から、「KidBright」という「micro:bit」に似た教育用マイコンボードを20万枚ほど学校で試験的に採用し、その後は100万台単位での採用を目指すとしている。KidBrightはタイのMaker企業Gravitechと政府機関NSTDAが協力して開発しているプロジェクトだ。NSTDAはさまざまな技術研究や標準化などをしている、日本では産業技術総合研究所(AIST)のような活動をしている。政府機関が中心となって国内企業で開発したマイコンボードを教育向けに大量採用するのは、イギリスの国営放送BBCが中心になって開発しているmicro:bitに近いアプローチだ。実際にKidBrightのこの紹介ビデオを見ると、micro:bitと目指すところは近いことがうかがえる。

KidBright。英語のキャプション入りでタイ語の説明がある。

政府ベースで教材やプロモーションの仕組みを作ること、教材とボードを同時に開発することなどはmicro:bitとよく似たアプローチで、プログラムもmicro:bitのそれを基に機能を加えたものだ。Webベースのグラフィカルなプログラミング環境、いくつかのセンサーを備えていて本体だけで楽しめるところ、表示用のLEDディスプレイがあることなどはmicro:bitに大きく影響を受けている。コンピューターの設計としてのKidBrightはESP32ベースで、Nordic SemiconductorのARMベースのCPUを使っているmicro:bitとはだいぶ異なり、クローンや亜流ではない。Wi-Fiやセンサーの追加なども、タイの事情に合わせてある。ESPシリーズを開発している上海のESPはシンガポール人が創立した企業で、アジアのMaker企業となじみがある。

Maker向け/教育向けのこうしたマイコンボードで20万枚は大変なボリュームだ。前回紹介したRaspberry Piの「Raspberry Pi Model 3 B」の2017年の売り上げが全部で500万枚。1回の注文で20万枚というのは世界でもあまり聞かないクラスの規模で、Kickstarterなどのクラウドファンディングが対象にする数百~数千とはまったく違う。ましてや数百万枚に達すると、世界中で使われている大ヒットのボードと比較できるほどになる。

KidBrightボード。サイトの説明もタイ語オンリー。 KidBrightボード。サイトの説明もタイ語オンリー。

アメリカからタイに戻ってきた創業者のPan

もともとアメリカの大学を卒業し、ネバダ州で2008年にGravitechを起業していたPanは、ずっとオープンソースハードウェアに取り組んでいた。「Arduino Nano」は彼のGravitech USで作られている。

創業者のPan。手に持っている新聞は、彼が掲載されたアメリカのビジネス誌。 創業者のPan。手に持っている新聞は、彼が掲載されたアメリカのビジネス誌。

2006年から2008年は世界中でオープンソースハードウェア企業が生まれた。深センのSeeedStudio、ニューヨークのAdafruit、僕の務める東京のスイッチサイエンス、マレーシアのCytron Technologiesなどもこの時期に誕生している。アメリカでのビジネスが順調だったPanが、タイでも起業する気になったのは2015年のことだ。2014年にバンコクで初のMini Maker Faireが開かれ、2015年の後半にはタイに多くのMakerスペースが生まれた。2015年はタイのMakerムーブメント元年といえるだろう。Gravitechはバンコク中心部の電気店ビルFortune Plaza内に、“Home of Maker”というMakerスペースとマイコンショップが組み合わさった店を開いた。

HOME OF MAKER。マイコンショップとMakerスペースを組み合わせたような場所。 HOME OF MAKER。マイコンショップとMakerスペースを組み合わせたような場所。

タイでは、Kickstarterにプロジェクトを出すときにはアメリカの法人を通す必要がある。アメリカでのビジネス経験も豊富なPanは、タイの多くのスタートアップから頼りにされる存在となった。タイの政府機関NSTDAが主催するMaker Faire Bangkokでもメインの運営メンバーとなっている。2016年に彼は政府の依頼と補助を受けて、タイの大学内に巨大なMakerスペースを開いている。7000万円が投じられた設備をいくつものスタートアップが使っている。

GravitechのランシットMakerスペース。表面実装のラインが組まれている。

とはいえ、ビジネス的には順調とはいえない。当時のタイのニュース(許可を得て翻訳したもの)を見ると、2016年のタイでのツールキット売り上げはトータルで300万円ほどと、ほぼ商売になってないと思われる規模で、タイでの仕事はまさにスタートアップらしいサバイバルを必要としていた。僕は2015年に4つほどバンコクのMakerスペースを訪ねたが、分かっているだけで2つはもうクローズしてしまった。僕が2018年の1月にバンコクの北、ランシットにあるMakerスペースを訪ねたときは、バス会社や放送会社で使う基板を組み付けていて、Makerだけでなくさまざまな企業から受注していた。

東南アジア各地のMakerがテンションを上げている

そんな中で、長くコラボしてきたNSTDAとGravitechが、イギリスのようにマイコンボードを子どもたちに配布する取り組みを始め、そこに自国製のKidBrightが選ばれたのは良いニュースだ。シンガポール、マレーシア、タイなどのASEAN諸国のMaker企業はお互いのMakerイベントにブースを出し合っているし、多くはMaker Faire Tokyoにも来ている。スイッチサイエンスではマレーシアのCytron Technologiesのモータードライバを販売しているし、今回のKidBrightも輸入を検討している。言葉や決済手段の壁が大きいWebサービスと違い、ハードウェアのビジネスは国境を越えやすい。とはいえ輸送や国内事情の類似から、近い国は遠い国より有利なので、よりアジアのMaker企業達の連帯を生んでいる。アジア各国のMakerムーブメントはどこも年々盛り上がっているが、それほどビッグビジネスにはなっていない。長年の友達が大成功するのはとても明るいニュースだ。

Maker Faireバンコクは日が暮れてからがメインで、ナイトパレードも行われる。タイらしいフェアだ。 Maker Faireバンコクは日が暮れてからがメインで、ナイトパレードも行われる。タイらしいフェアだ。

まだ詳細日程は発表されていないが、Maker Faireバンコクは毎年1月後半の週末に開催される。タイらしくナイトパレードが行われる、気分のいいMaker Faireだ。マレーシアやインドネシア、シンガポール等周辺諸国からの参加も多く、日本人の出展も歓迎されている。申し込みはタイ語のみだが、運営につないで英語で話すことで出展できるので、希望者はぜひ高須(@tks)までご連絡を。

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