アジアのMakers by 高須正和
ブートストラップ型の資金調達 ハードウェアベンチャーとキャッシュフロー
MITの「深センの男」であり、ハードウェアスタートアップアクセラレータHAXのメンターでもある“バニー”フアンが自らの体験を語りつくした「ハードウェアハッカー~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険」(技術評論社)が2018年10月19日に発刊され、fabcross読者の興味に合うテーマだと思われるので、書籍と連動した記事を3本連続で掲載する。
彼は2005年にハードウェアスタートアップの先駆けと言えるChumby Industriesに参加し、ハードウェア担当副社長を務めながら2012年に退社するまで、プロジェクトのほとんどの部分に関わった。書籍ではハードウェア開発や量産だけでなく、資金調達のリスクについても語っている。ソフトウェアベンチャーと違う、ハードウェア商売の資金繰りの難しさとは。
ハードウェアビジネスと資金繰りの難しさ
Makerムーブメント前、オープンソースのハードウェアもデジタルの工作ツールもなかった頃に比べると、ハードウェアの研究開発コストは下がっている。クラウドファンディングやアクセラレータの登場、中国・深センのサプライチェーン構築業者が英語でのビジネスをするようになり、海外のスタートアップを助けるようになったことで、「ハードウェアのスタートアップ」という昔は不可能だったものが可能になってきているのは間違いない。とはいえ、ビットの世界で完結しないハードウェアの世界は、ソフトウェアの世界ほど急速には変わらず、在庫や資金繰りについて考えていく必要がある。
もちろん、資金なしで会社を運営することはできない。ハードウェアのプロトタイピングにかかる費用は、オープンソースの技術やMakerスペースなどのおかげですごく下がり、ほとんど自分の生活費+αぐらいになってきているが、いざ製品をリリースするとなるとKickstarterに出すきれいなビデオを撮る、さまざまなイベントでマーケティングをするなど、お金は何にでもかかる。もちろん製造会社には前金を払う必要がある。前金を払わなければならないのにもかかわらず、実際に製品が完成して、売り上げて、お客さんがお金を払ってくれて、それが手元に入るのはずっと先だ。120日以内の返品を保証しているアメリカのほとんどの小売店だと、支払いは入荷から120日以上先なんてこともある。
仮に原価3000円の製品を1万円で1万個販売したとしよう。3000万円の製造費に対して1億円の売り上げ、7000万円の大もうけなのだけど、製造と販売に3カ月かかったとすると、3000万円を工場に払ってから、手元に1億円が入ってくるのは半年以上先になる。自分たちの食いぶちや、製品を売るためのWebサイト構築等のマーケティングコストをゼロとして考えても3000万円を半年以上、もちろんマーケティングのコストもゼロとはいかないので結局は5000万円以上を先に用意しておかないと、仮に大成功する製品があったとしても会社は破綻してしまう。だから投資家の間をまわって先に資金調達したり、銀行に貸してもらったりして資金繰りをする。調達のやり方によっては、うまくいかなかった後に借金が残る。
ハードウェアスタートアップのアクセラレータHAXでも、スタートアップたちに資金繰りの重要さを教えるこんなスライドがある。
このスライドは、研究開発が終わり、クラウドファンディングに成功して、製品を出荷するその前こそ、もっとも大きな資金が必要になるという注意と、ステージに応じた資金調達手段について伝えている。
ブートストラップ型の資金繰り
Webサービス(ソフトウェア)のベンチャーはかなり違うファイナンシングになる。工場への前払いは要らないし、自分たちが作っているソフトウェアがそのままマーケティングツールになることも多い。何より、ユーザー数が少ない段階のWebサービスは、クラウドサービスを使っている限り維持費もとても安い。ソフトウェア、Webサービスの世界では、売り上げや利益が立たないまま「とにかく良いサービスを作って、ユーザー数を拡大する。サービスが有名になれば投資家がさらに資金を供給してくれるから、資金調達を重ねてとにかくサービスの規模を拡大する」というやりかたが一般的だ。
だからこそ、「何よりもまずコードを書け、リリースしろ」という現在のスタートアップ文化が生まれたのだけど、それに比べるとハードウェアは昔ながらの「会社経営」に近くなる。ソフトウェアとハードウェアではビジネスモデルが違う。ハードウェアの商売の基本はモノを売ることなので、たとえ顧客が100人しかいなくても、モノを売った対価としての収入は早期に入ってくる。しかし、ソフトウェアに比べて「一夜にして億万長者」というのは難しい。製品を売ってお金を得る、お金を得てからその資金でビジネスを拡大する、まるで靴ひもを一段ずつ結んでいくようなブートストラップ型の地道な規模拡大が、ハードウェアスタートアップでは必要になる。
資金調達は他人に導火線を渡すようなもの
冒頭に紹介したケースでは原価3000円の製品を1万個製造するとき、5000万円以上が先に必要になるケースについて紹介したが、ハードウェアハッカーの著者バニーはそういう「売れそうな商品が実際にできる前に、研究開発に近い部分のお金を資金調達で賄う」ことについて、強い言葉で警鐘を鳴らしている。
僕はVCからの出資は、ある種の成長を加速させたいときにしか有効でないと考えている。初期の研究開発や、ゆっくり安定した成長モデルのビジネスには向かない。
ハードウェアの成長モデルは、ソフトウェアの成長モデルと根本的に違う。ソフトウェアは自然とスケーラブルだ。ひと晩で10万ユーザーを獲得できる。もちろんソフトだとユーザーベースをマネタイズするのは工夫がいるけれど、多くのソフトウェア開発者はあまりお金の問題を気にせずに規模を拡大できる。
ハードウェアは物理的なものがユーザーごとに必要だから、スケーラビリティは物質をどれほど経済的かつ信頼できる形で組み立て、ユーザーに届けられるかで決まる。その一方で、ハードウェアではマネタイズのためのとても自然なポイントがある。ユニットを売るごとの利ざやだ。ハードウェアはソフトウェアビジネスに比べて早期から頻繁にお金が入ってくるけれど、成長率は物理法則とか、熟練労働者の組み立て能力といった鬱陶しいものに左右される。(中略)
僕は一般的には、研究開発の資金は自己資金や友好的なエンジェル投資家のお金だけで賄えとアドバイスしている。プロトタイプとしっかりした製造計画ができてからも、最初は小規模製造のための資金を得るための借り入れをしよう。無理をせずに、市場を1歩ずつ作っていくんだ。在庫が回転するたびに、もっとお金を調達して、それをさらに在庫を増やすために注ぎこむんだ。
このやり方で会社を立ち上げるのは大変だ。それでも投資家がいないので、最終的に稼いで手元に残ったお金はすべて自分のものだ。このストーリーはうまくいってもInstagramやGoogleのようなビッグビジネスにならないだろうが、ヘマをしていない限り自分が手綱を握っているし、最終的には報われる見込みも高くなる。
実際に、多くの成功した中国の製造業はこうしたブートストラップ式の資金調達をおもに使って成長してきた。(中略)
(資金調達をした会社への最大のアドバイスは)「出荷するか死か」だよ! 特にVCの資金提供を受けたらね。VCの出資を受けるということは、導火線の長さが決められてしまっているということだ。その導火線が燃え尽きて、それまでに会社規模を大きくできていなかったら、爆弾が炸裂して、それまで積み重ねた時価総額の相当部分を吹き飛ばしてしまう。
(「ハードウェアハッカー」225ページ)
「ハードウェアハッカー」には、「アメリカの販売店の多くは120日の返品保証があるため、納品した製品の代金が返品期限が過ぎないと払われないことが多く、よりスタートアップの資金を圧迫するが、ファクタリング保険のような保険会社とのやりとりで早く資金を手に入れることができる」「工場がある部分の支払いを後払いにしてくれたら、それは投資家から融資を得たのと同じことだ。だから僕は投資家と工場に同じぐらいの敬意を払うようにしている」などなど、キャッシュフローとその改善に役立つハックが詰められている。
著者バニーは最初期のハードウェアスタートアップと言えるChumby Industriesを皮切りに、その後も完全にオープンソースのノートPC「Novena」、オープンソースの携帯電話「Fermvale」など数多くのハードウェア製品を設計開発し、フレキシブル基板を用いた教育ツールを作るChibitronicsで会社そのものを成功させるなど今もハードウェアを作り続けている。「ハードウェアハッカー」はもちろん回路図や顕微鏡を使ってリバースエンジニアリングを行うシーンに満ちた本だが、スタートアップの資金繰りについても参考になるヒントが多く詰まっている。