アジアのMakers by 高須正和
M5Stackは今後もMaker市場でうまくいくと思う。僕自身がMakerだからだ
M5Stack のCEOジミー・ライが語るMakerとは、スタートアップとは。そして2021年M5Stackの新プロダクト計画について取材した。
「2015年に起業したばかりのころは、製品全体の95%が僕の設計だった。今のM5シリーズで僕の設計は50%ぐらい。つまり残りの50%は、僕よりうまくできる人が見つかったということだ。一人で必死に泳いでいたのが、みんなで船をこいでいるような感じになった。ありがたいね」(ジミー・ライ)
IoT開発のデファクトスタンダードになりつつあるM5Stack
IoT開発に向いた開発ボードとして、fabcrossでも常々取り上げているM5Stack。
- Arduinoの開発環境に対応し、Wi-FiやBluetoothなどの無線通信機能をあらかじめ備えているESP32シリーズをCPUに採用していること
- どのようなプロトタイプを作るにしても必要な、LEDやボタンなどを備えたパッケージになっていること
- さまざまなセンサー類などのモジュールが充実していること
- ユーザーコミュニティが盛り上がっていて作例がすぐ見つかること
上記のような特徴から、IoT開発のマイコンボードとしては最もよく見かけるものとなっている。
2020年の後半から2021年にかけて、深圳に拠点を置くM5Stackは自社の生産ラインを東莞市虎門に拡張移転し、R&Dや営業などの本社機能をより深圳中心部に近い新しいビルに移転した。
新オフィスに引っ越したばかりのM5Stackを訪ね、CEOのジミーに、2021年の展望、マーケット分析、新製品の開発計画などについて、1時間たっぷりと語ってもらった。
2020年を振り返る:新型コロナ渦のなかで前年比2倍の成長を実現したのは満足している
———2020年はM5Stackにとってどんな年だった?
「全体としては満足できる年だったと言えるだろうね。年間の総売り上げは3100万人民元(約5億円)を超えた。これは2019年と比べたら倍増だ。
もちろん、新型コロナのことを外して考えるわけにはいかない。僕らにとってコロナのダメージは2つ。1つ目は、アメリカやヨーロッパへの営業がとても難しくなったことだ。販売店にメールを出しても返事が来ない、閉店しているのか、つぶれたのか……そういう店がいくつもあった。もう1つは1~3月の中国各地のロックダウンによる製造への影響。この2つがなければ、4000万人民元(約6億4000万円)は目指せたと思う。
売り上げの中で、30%は自社ショップでの販売、20%がカスタマイズを含むBtoB(法人向けの販売)、残りの50%が卸への販売。2020年は、特にプロモーションやマーケティング戦略はないけど、なぜか自社ショップの売上が伸びた(笑)」
マーケット分析:Maker向けには自信がある。僕自身がMakerだからだ
———今のM5のマーケットは?
「大きく分けて3つあると思っている。Maker、STEM教育、そしてBtoBの組み込みや産業向けだ。
Maker向けマーケットは中心だし、継続的に成長している。このマーケットについては今後も伸ばしていける自信がある。僕自身がMakerだからだ。今、世界全体の売上の中で中国の売上は10%程度なんだけど、中国で買ってくれているのもMakerたちだ。『Maker』という言葉は2015年に中国政府の後押しで、すごく有名になった。今ではあまり名前を聞かないけれど。
参考:中国メイカースペースバブルと崩壊後
でも、2015年にバズワードになったMakerは名前だけの、実態の伴わないものだった。逆に今は名前を聞くことは少ないけど、実際に手を動かすホンモノのMakerは中国でも、2015年以来ずっと増え続けていると感じる。だから2021年は、もっと良い年になると思う。
台湾と香港のMakerたちはFacebookのユーザーグループ、日本のMakerたちはTwitterを見ればつかめている自信があるんだけど、アメリカやヨーロッパのユーザーがどこで情報交換しているのか、いまいち分からないんだよね……英語圏については僕らで公式の情報掲示板を作ったほうがいいのかもしれない」
STEM教育マーケット:M5Stackはカリキュラムの会社じゃなく、プロダクトの会社だ
「2つ目はSTEM教育マーケット。実は2018年ごろはここが最重要だと考えていた。(高須注:M5baraやM5Goなどの製品を指すとみられる)
今もSTEM教育は重要なマーケットだと考えているけど、戦略は当時と変わった。僕らの強みは教育用プロダクトだけじゃなくて、Maker向けやIoT向けのツールを作っていることだ。教育用プロダクトばかりを作っていると、どうしてもカリキュラムや教科書を作るのが中心になり、コンテンツは強くなるがプロダクトは弱くなる。
CODEMAO(編程猫)という教育プログラムの会社が中国ではすごく強い。彼らのプロダクトはオープンソースのものをそのまま使っているだけなんだけど、ちゃんと教室やカリキュラムにしているのが歓迎されている。教育市場ならそれが正しいのだろうけど、M5Stackがそういう会社になろうとは思っていない。
M5Stackはプロダクトの会社だ。他の人がカリキュラムを作ってくれるのはサポートするし、STEMに役立つ良いツールを作ろうとは思っているけど、カリキュラムの会社になるのはDNAが違う。なので、そこに向けて起業リソースを振り分けようとは、今は思っていない。
最後の3つ目が、組み込みやカスタマイズを含めたBtoB。もともとここを目指して起業したし、今も注目している。ここでは中国市場が大事になるけど、普通に中国でBtoBというと、単なる下請け量産を指してしまう。それは利幅も少ないしやりたくない。シャオミのようにうまくパートナーを見つけて、エコシステムを作っていきたい。
僕らはまだプロダクトを出してたった4年なので、知れ渡るまでちょっと時間がかかるだろう。2021年にはそこに手を付けようと思っている。たとえば今の公式サイトはプロダクト中心のサイトだけど、たとえばM5solution.comみたいなソリューション中心のサイトを作って、“スマートホームをやりたい→この製品とこのHATと……”みたいに、ソリューションと活用事例が出てくるサイトを作るのはいいのかもしれない。
あと、ロボットアームのmyCobotや日本のクラウドOSであるobnizやVRトラッカーのHaritoraのように、製品の一部としてM5シリーズを組み込んでもらえるのはすごくいいね」
ラインアップ:もう少し製品ラインを整理するよ!予定している新製品がたくさんあるんだけど(笑)
「2020年は毎週金曜日にYouTubeで番組を配信して、そのたびに新製品を発表した。これはやりすぎだった(笑)。締め切りドリブンで開発をした結果、全部の新製品が良かったわけじゃなくて、1度製造しただけで終わったものもある。製品の種類が多すぎて製造管理も大変になってきた。製造含めた製品ラインは少し整理したほうがいいと思っている。
2021年も毎週金曜日の配信は続けるけど、毎回新製品発表というのはやめるつもりだ。とはいえ、今の時点(インタビューは2021年1月19日に行った)で2月の終わりまで毎週、新製品の予定はあるんだけど(笑)」
製造計画:ヒット商品については、そろそろ大手のEMSを使うかもしれない
「東莞市虎門の新工場はいい調子だけど、少量生産に特化している。安定して数が出る主力商品は外部の製造会社を使うことも考えている。まだどの会社か決めたわけじゃないけど、いくつか候補はある。
大ロットの主力商品で外部のEMS会社を使う理由は、一つは品質のコントロール。もう一つは、いくつかのヒット商品は、今のM5Stackの企業サイズでは部品の購入に苦労しているんだ。大きなEMS会社は大きな購買部門を持っていて、僕らでは不可能な部品でも安定して確保できるんじゃないかと期待している」
2021年の新製品:メイン製品のアップグレードを計画中。手軽なのがキャラクターの製品なら、アップグレードとはもっと安くすることだ!
「もちろん新製品のアイデアはたくさん湧いてくる。今強化しようと思っているカテゴリは、IoTで産業向けのもの。防水とか組み込みとか。
もう一つ大事なカテゴリは、主力商品のバージョンアップ。Atom、Core2、Stick、Paperなどは同じCPUと違うモジュールの組み合わせだ。ESPとはいい関係を築いていて、彼らの新プロセッサーに合わせて、M5Stackシリーズもバージョンアップがあるだろう。主力のシリーズはそれぞれキャラクターがある。たとえばAtomは安いのが特徴だ。だからAtomの新型は今のAtomより安くないと意味がない。パワフルな製品はよりパワフルに、安くて手軽な製品はより手軽に。
そのへんの話では僕はいくらでも改善案が湧いてくるけど、それを全部生産に載せると大変なことになってしまう。副社長のソフィアを交えて会社全体で考えている」
2021年の新製品:新しい製品シリーズ、ハイパワーでコンピューターとして使えるM5も考えている。今年も2倍成長を狙う
「もう一つ、2021年のいつかはともかく、別の製品シリーズのアイデアはある。Core 2 ProとかCore 3的な考え方で、Linux OSでHDMIを備えた、単体でコンピューターとして使えるハイパワーなシリーズも出すかもしれない。今のHAT類が使えるハイパワーなM5は面白いだろう?
こういう新製品をたくさん出すことで、2021年も、今の2倍の成長は狙いたい。約束はできないけどね」
夢中で一人で泳ぐような起業時代から、仲間と船で目的地を目指す毎日に
「2015年に起業して6年、2017年に最初の製品を出してから4年になる。その頃から今の姿は、もちろんぜんぜん想像がつかなかった。
例を挙げると、そうだな……最初の製品は、全体の95%が僕のデザインだ。今のM5シリーズで僕のデザインは50%ぐらい。つまり残りの50%は、僕よりうまくできる人が見つかっているということだ。
たとえるなら、起業した頃は自分一人で泳いでいるようなもの。水をかいて息継ぎすることで精一杯。それが何人かでこぐボートになって考える余裕が生まれ、船が大きくなってスピードも速くなった。チームが大きくなって新しいことを考える余裕が生まれた。会社が大きくなって一番嬉しいのはそれだなあ。
日本のユーザーはいつもとても刺激をくれる。今年こそMaker Faire Tokyoに行きたいし、Maker Faire深圳にみんなが来られるといいね。仮に難しくても、2020年に実施したM5Stackコンテストのような形で、今年もコミュニケーションしていきたい」
Makerにとって理想のスタートアップの姿がある
M5Stackの新オフィスで、CEOのジミー・ライは初めて「社長室」を設置した。広東人のジミーは「お茶出せるようにしたいよね。プレゼントで鳳凰単从(烏龍茶の一種)を持ってきてくれたのか、高須もお茶好きなんだよね。分かってるじゃないか!」と、中国のハードウェア企業の老板(編集部注:経営者)らしい一面を、当然持っている。
しかし、お茶セットさえない引っ越したばかりの社長室で、何よりも目を引いたのは「CEO専用の作業机と部品ボックス」だ。作業机だけでなく、CEOのテーブルも机の上は開発中の製品で一杯だった。カメラを向けると慌てて片付け始めたジミーは「散らかっていて、みっともないから撮られたくないだけで、このプロトタイプは秘密でもなんでもないよ。実際売るときは、間違いなく、このままじゃないから、誰に見られても構わない」と笑った。
年々売上が倍増中、急成長するスタートアップであるM5Stack。社員数の増加はさらにハイペースで、今回のオフィス移転の一つの理由が「きれいなオフィスで、さらなる採用と、資金調達を狙っている。英語ができてオープンソースハードウェアがわかるマーケティングの人間、誰かいない? オープンソースとマーケティング両方分かる人、なかなかいないんだよね……」とこぼす彼は、会社の成長の証を「僕よりもうまい設計ができる人が見つかった」と語る筋金入りのMakerでもある。
その姿は、同時代のスタートアップであるイーロン・マスクやスティーブ・ジョブズ、マーク・アンドリーセンといったシリコンバレーの起業家よりも、僕も伝説でしか知らない、本田宗一郎や豊田佐吉、盛田昭夫や松下幸之助といった日本の伝説の起業家エンジニアとかぶる。
イノベーションの中心地と言われる深圳。今、僕たちが深圳から学ぶべきヒントは、M5Stackとジミーの姿の中にあると強く感じた。