アジアのMakers by 高須正和
メイカーに人気のmyCobotは「デザインエンジニア」Joeyが考えたロボットアーム
M5Stackシリーズをコントローラーに使用し、6軸、ROS(Robot Operating System)をサポートするなどの高機能なロボットアーム「myCobot」は、649ドル(約7万円)と機能のわりに安価なこともあり、海外の直販サイトで販売が始まると同時に日本のギークたちを惹きつけた。スイッチサイエンスを代理店とした国内での販売も近づいている。ロボットという製品の性質上、交換パーツが国内で販売されるようになるとさらにユーザーは増えるだろう。
myCobotは単にコストパフォーマンスが良いだけでなく、これまでのロボット製品になかったコンセプトによって作られているロボットアームだ。CEOのJoey Song(ジョーイ)とマーケティング担当のHenry Lin(ヘンリー)に、myCobotとそのコンセプト「コラボラティブロボット」について聞いた。
「人間がいる空間で、人間と協働するロボット」が僕らのゴールだ
ヘンリー:僕らの会社Elephant Robotics(大象科技)は大きさの違う4つの産業用ロボットアーム、個人向けのmyCobot、今開発中のロボットペットキャット「MarsCat」シリーズの、6つの製品ラインアップがある。それらはどれも「コラボラティブロボット(Collaborative Robot)」という共通のコンセプトで作られている。
今の主力商品である産業用ロボットアームと、初めてロボットアームを試すギークたちに人気のmyCobot。このロボットアームという製品カテゴリーは70年前からあり、世界で最初の商業用ロボットだが、人のいない空間で動作するために作られている。そこは、今のロボットアームも70年前と同じで、パワーや正確さ、動作速度が70年前も今も差別化要因になっている。
Elephant Roboticsのロボットは「人間と同じ空間で、人間と協働する、人間を助ける」ために作られている。そのコンセプトは製品のすべてに影響する。
安価なこと、危険でないこと、壊れづらいこと、自分で修理できること、つまり「安心して使えること」は、パワーや速度より優先される。
「正確さを実現するため、多くのロボットは高価なモーターとハーモニックドライブを使うところを、我々は高精度だが安価なサーボとギアで実現するようにしている」 。それは安価なだけでなく、「人間が無理やり動かしたときも壊れづらい」という別のメリットも実現でき、どちらもコラボラティブロボットのためには重要だ。
今の産業用ロボットは、純粋に作業のためのもので、人間の創造性を助けるようには作られていない。創造的な行為は人間のほうが得意だ。でも、コンピューターはそれを助けることができる。たとえば3Dのレンダリングソフトでパラメータを設定したら、コンピューターが残りの作業をしたり、DJのソフトで最初の曲を設定したら、コンピューターがその後を繋いでくれたりする。
でも、今のロボットアームは「厳密に数値で動作を規定して、それ以外のことはしない」ように作られている。創造性支援の考え方をロボット製品に持ち込むことは可能なはずだ。
2016年に共同創業者のKirin Wu(キリン)と二人で創業してから、ずっと二人で会社を運営していた。その後2018年にフランスの自動車メーカーに産業用ロボが大量採用され、続いて中国のVCからの資金調達に成功したことで、会社の急成長が始まった。今の社員は40名ほどで、半分以上がエンジニア。14名がハードウェアエンジニアで、電子回路が2名、メカニカルなエンジニアが4名、ほかテスター等を含めてチームを構成している。ソフトウェアエンジニアは12名で、世界でも標準的なロボット用のソフトウェアプラットフォームROSを用いた開発や、複数のロボットを協調させる僕らの独自の統合ロボット制御環境roboflow, myCobot向けの統合開発環境myStudio、それにmyCobotでは部品として使っているM5Stack上で動くArduino IDEのコードを開発している。
エンジニアが多い会社であること、ロボットの会社にしてはソフトウェアエンジニアが多めなのは僕らの特徴だと思う。
myCobotは「おもちゃ」ではなく、産業用ロボットを家庭用に落とし込んだMakerのためのもの
マーケティング担当のヘンリーは、myCobot発売後の反応と、会社の変化についてこう語る。
「myCobotは僕らの製品の中で一番安く、手軽な製品だ。ペイロードも250gと小さいし、産業用ロボットと違って24時間の連続稼働もサポートしていない。それでも6つの関節を備え、SシリーズやPシリーズといった主力の産業用ロボットと同じ制御アルゴリズム、制御ソフトで動く。RoboFlow※やROSにも対応している。
主力の製品ラインと同じ制御ができ、それを個人でも可能にすることがmyCobotのコンセプトだ。個人で買うMakerだけでなく、産業用ロボットのトレーニングで企業や学校に買われることを想定している。
※RoboFlow…Elephant Roboticsが開発する、複数のロボを共同させる環境
myCobotは24時間/365日の連続稼働をサポートしていないなど、小さく安くするために犠牲にした機能もある。しかし、自分で補修や調整がしやすいことなど、『ロボットが家にあるのがあたりまえになる』というコンセプトは、むしろmyCobotのほうがより近いと思う」
「実は、最初は『大きなロボットを使うための教育用』という用途をメインに想定していた。PシリーズやSシリーズを工場に入れた会社が、トレーニング用に使うイメージだ。だが実際はテクノロジーへの感度が高いMakerが、初めてのロボットアームとして買っていく。この事実は自分自身の市場に対する考えも変えたが、同時に『コラボラティブロボット』というコンセプトの正しさへの証明にもなっている。
家に人間と共にいるというコンセプトには、ロボットを壊したときに、自分で治せる、調整できるという要素もとても大事だ。myCobotの補修部品は、すべて組み合わせると新しいmyCobotが組み立てられる、つまりどうなっても補修できるようにできている。特殊な工具もいらない。また、ソフトウェアもより機能を追加するだけでなく、修理のためのビデオを追加するなどのサポート情報を充実させていく。
コラボラティブロボットの時代が来るときに、最初にロボットと共存したがるのはMakerだ。その視点はmyCobotを売り出したあと、市場の反応をみて気づき、我々が変わった部分だと思う」
コラボラティブロボットというコンセプトのもと、進化する製品
CEOのジョーイは語る。
「『コラボラティブロボット』というコンセプトは、大学時代に起業を感じ始めた頃にたどり着いたコンセプトだ。その時は20~30の製品カテゴリーで、自分たちの技術でできることと、競合や市場を考えた。たとえば『エレクトロニクス製品はすでにGEほかの大手企業がいるから難しい、CNCマシンは学生がやるには技術的に高度すぎる…』など。その中で『人間と協働するコラボラティブロボット』は、みんな関心があって市場が大きいが、競合が少ない。ボストンダイナミクスのロボットをみんなYouTubeで見るが、実際に買っている人は稀だ。それが『市場として魅力的だが、未開拓の分野』であることを証明している。
近日中にmyCobotの強化版myCobot Proを準備中だが、そちらは産業用に寄せるのでそんなに手軽な価格にならないだろう。また、逆方向にもっとシンプルにするために、サーボを減らすなどの別のコンセプトでさらに手軽な製品を出すこともあるだろうが、『産業用ロボットと共通する関節や制御で手軽にする』分野では、myCobotが最も手軽な製品だ。
今手掛けているロボットペットキャットMarsCatは、ロボットアームである今の製品たちとはぜんぜん違う製品カテゴリーだけど、目的は同じく『コラボラティブロボットというコンセプトの、製品への落とし込み』だ。
このMarsCatも、『家に、人間とともにいるロボット』だ。コラボラティブロボットというコンセプトを見つけたときのように、ペット的に家にいるロボットを考えて、いくつもの動物をリストアップした。そのなかで動物に求められるものと、今の技術でできそうなことを考えた。たとえば『フリスビーを投げて取るとかは、高くなるしそういうロボットは危険になるから、犬はダメだな…』などの試行錯誤をした結果、猫にした。
猫はシングルタスクで、動作というよりも感情的だ。いつも意味もなく家にいるものだ。それはコラボラティブロボットというコンセプトに合致しつつ、ロボットアームとは真逆の側面を多く持つ。
それに、僕は家で猫を飼っているんだ。“点心”という名前のその猫は、もう7歳でだいぶ病気がちになっている。このMarsCatのサイズやしっぽの曲がった感じなどは、僕の猫をかたどったものだ。サーボや関節の設計など数点ではmyCobotと同じものを使っている」
「この猫プロジェクトMarsCatは設計も製造も大変で、スケジュールはだいぶ遅れている。これまでのロボットアームよりもさらに冒険的な、今ない市場なので、販売はさらに大変だと思うけど、これをすすめることは弊社にとって大切だ。
人間にはロジックをもとに予想するアプローチと経験から学ぶアプローチがあり、それは時に同じものの両面で、どちらも重要だ。中国では“陰陽”という。このロボットを作る、販売する、お客さんの声を聞くということは、コラボラティブロボットというコンセプトのために必要だと思っている」
中国Makerの新時代
2015年に中国の「大衆創業 万衆創新」(大衆による創業を可能にする、社会全体でイノベーションを実現する)キャンペーンが始まってから、多くの大学が「アートとサイエンスの間、クリエイティブとエンジニアリングの間」に注目した学部や学科を作るようになった。MITメディアラボ、Ideoデザインスタジオ、日本ならSFCやKMD, IAMASのような学校※が当てはまる。
2008年~2012年の間に西安建築科技大学に通っていたジョーイはさらに前の世代だが、建築というクリエイティブとエンジニアリングの間にある分野にいたことからか、それらが同居するセンスを感じる。手書きのスケッチからははっきりとした意図が感じられる。手の動かし方はクリエイター的だが、リストアップして取捨選択するコンセプトの煮詰め方はとてもエンジニア的だ。その姿は東京大学の山中俊治教授が提唱する「デザインエンジニアリング」を感じる。
※SFC:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、KDM:慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科、IAMAS:情報科学芸術大学院大学
これからもそうした起業家が深圳でハードウェアスタートアップを起こしていくのが楽しみだ。