アジアのMakers by 高須正和
スタートアップとは違う日本の「Maker Pro」4年で10倍近い伸び、そして世界へ
失われた20年、大手製造業の品質偽装など、日本の製造業凋落が叫ばれて久しい。競って似たような記事を書くマスコミのせいもあるけど、多分に事実でもある。日経新聞には、日本のスタートアップも中国やアメリカに比べて元気がないという記事も載る。ところが、日本の「Maker」たちは元気で、彼らの生み出す市場規模はこの4年で10倍近くになり、今も拡大しつづけている。
日本の同人ハードウェアシーンは急速に拡大しつづけている
ソフトウェアの開発者がそうするように、Makerの多くは設計データなどの成果物を公開する。ダウンロードしてコンパイルすれば動かせるソフトウェアと違い、ハードウェアはデジタルデータだけでは使えないので、Maker自身で量産して頒布していることが多い。同人誌ならぬ同人ハードウェアとでも言おうか。
僕の勤務先であるスイッチサイエンスでは、2014年からそういうMakerの制作物の委託販売を強化した(具体的には手数料を下げて委託しやすくした)。コミケの同人誌の委託販売のようなものだ。
上記はスイッチサイエンスの委託販売実績、出しているのはほぼ日本国内のMakerのものだ。見てのとおり、2013年に比べて2017年は総売上が874%も拡大している。委託販売手数料を下げた2014年との比較でも450%。2016年比でさえ50%も伸びている。
もちろん6131万円というのは大きい数字じゃない。同人の出版物市場775億円(矢野経済研究所調査、2015年)の0.1%に満たない数字だ。とはいえ、これはスイッチサイエンスのマーケットプレイスだけの数字で、おそらくそれ以外で売られている同人ハードウェアはもっともっとたくさん、おそらく数倍はあるだろう。もちろんMakuake等のクラウドファンディングの数字も上記には含まれていない。
たとえばコミケでもいくつかのサークルが基板などのハードウェアを売っている。コミケの入場者数が50~60万人、Maker Faire Tokyoの入場者数が2万人弱。もちろんいろいろ前提が違うので、ムリヤリ比較することはできないが、「同人ハードウェアの盛り上がりは、マンガ市場に比べて0.5~5%ぐらいの規模」というのは、個人的に納得できる数字だ。
日本の同人誌、DIYのコンテンツカルチャーは、規模もクオリティも世界に類のないものだ。圧倒的と言っていい。「その1%でも自分の国にあったらな」と考える海外のオタクは多いだろう。豊かなDIYテクノロジーの文化があることは、日本のMakerとして誇れると思う。
たとえば鈴木哲也氏が委託販売しているSBC6800という、「モトローラ6800」のルーズキットが売られている。
ルーズキットについて説明にこうある。まさに同人だ。
ルーズキットは1970年代のアメリカでアマチュアどうしの交流から生まれた組み立てキットの一形態です。プリント基板、技術資料、データパックを提供する一方、本体の部品、ACアダプタ、USB-シリアル変換ケーブルはご自身で用意していただく必要があります。ですから、本製品の内容物は、実質プリント基板が1枚だけです。
技術資料とデータパックは下に示すリンクからダウンロードしてください。技術資料では本体の部品の入手元も紹介しています。現時点で老舗の部品店に一定量の在庫があります。もしそれが売れ切れてしまったとしても、注文の手続きが少々ややこしいのですが、国内で大量に在庫し、個人向けに1個から即日出荷可能な部品店があります。
SBC6800ルーズキットは歴史マニアやビンテージICコレクタの皆さんにネットで自慢できるようなコンピュータを完成させてもらうことが目的です。一般の方だと、頑張れば乗り越えられる程度の難関があります。あらかじめ技術資料をお読みの上、うまく作れそうな場合にご利用いただければ幸いです。
- SBC6800技術資料
- SBC6800データパック(ダウンロード)
Appleの黎明期、手作りのApple Iを思わせるような言葉だ。僕が運営に関わっているシンガポールや深センには、1970年代にはMakerシーンのかけらもなかった。
こうしたノスタルジアに満ちたレトロな成果物もあれば、Googleが2016年のエイプリルフールに公開した物理フリックキーボードのキットもある。
作者の@junya28nya氏は、Seeedの基板実装サービスやTechshop TokyoのUVプリンター、Twitterでの宣伝まで含めたプロジェクトの活動すべてを、物理フリックを30個量産販売している話としてエンジニア向け知識共有サービス「Qiita」で公開している。同様のストーリーは、小さなArduino/Trinket互換機「8pino」に関して、Arduinoを自作して量産して販売する(超小型Arduino互換機 8pinoを例に)としてユニットVITROの田中章愛氏も公開している。
秋田純一氏の「無駄な抵抗コースター」は、100円ショップで売られているコルク製のコースターにシルク印刷して販売している、まさに同人誌のハードウェア版だ。シルク印刷はオンラインサービスで行っている。同人誌が印刷所を使うようなものだ。そうした「ハードウェアを作るサービス」は年々どんどん進化している。秋田氏の本業は金沢大学 理工学域の教授だが、金沢大学のサークル(卒業後も参加している人も多い)テクノアルタも、「冷えミク」や「ラブリーノ」などいくつもハードウェアを販売している。
こうしたコンテンツとテクノロジーが合わさったカルチャーは作った人だけでなくて、買った人、Maker Farire Tokyoやニコニコ技術部ほかのイベントに来た人、ネットでシェアした人、そうしたMakerみんなで作っているものだ。しかも、自分の制作物をシェアし実際に他人に届ける活動は、冒頭に数字で紹介したとおり、今も急速に拡大していて、しかもコミケはほぼ全サークルが販売をしているが、Maker Faire Tokyoではそうではないことを考えると、まだまだ拡大の余地がある。