アジアのMakers by 高須正和
中国メイカースペースバブルと崩壊後
今回の記事は、中国のメディアSIXTH TONEの記事Made in China: The Boom and Bust of Makerspacesの翻訳だ。中国では3年間、政府や投資家主導の巨大なメイカースペースバブルと崩壊があった。この記事では上海の夏を中心に、深センのYeとJi、そして僕が登場し、バブルと現状について語る。
中国人自身が自らのメディアで、1年以上の取材とたくさんの資料を引用しながら語ったこの記事は本当に価値の高いもので、世界のメイカーの評判を呼んでいる。SIXTH TONEのJulia記者は、たった一人の外国人として日本人の僕を選んでくれ、さらに全文の翻訳とfabcrossでの転載を許可してくれた。いつもの記事の倍以上のボリュームだが、日本のメイカースペースの参考になると思う。(ここまで高須、以下は翻訳記事)
上海・張江ハイテクパークはひところ、新しい技術を探す投資家の声で沸いていた。ところが最近では、イノベーターのための場所である夏清(Xia Qing、38歳)のメイカースペース「マッシュルームクラウド」を訪れる投資家はほとんどいなくなった。
マッシュルームクラウドのCo-Founderである夏は巨大なレーザーカッターを操作しながら語る。「3年前はオープンナイトを開くごとに50~60人の来訪者があり、そのうち10人は新しい投資先を探す投資家だった。今はオープンナイトに20人も来ればいいほうだ」
「メイカー」と呼ばれる人たち、いじくり屋、電子機器をゼロから作り上げたい人たちにとって、時代は変化してきている。メイカー文化は2000年代半ば、アメリカのベイエリアに始まり、中国では2010年に台湾人の起業家David Liが上海に中国最初のメイカースペース「新車間」を開いた。その後の5年間、中国のメイカー文化は一般の人が気づかないまま、それぞれの地域のホビイスト、いじくり屋、ハードウェアエンジニアの間で広がってきた。
2015年に中国政府はこのアンダーグラウンドなムーブメントを、社会全体のイノベーションと起業家精神を強化するプラン(訳注:「大衆創業・万衆創新」)の一環として使うことにし、補助金目当ての怪しげなメイカースペースの急増をもたらした。今ではバブルがはじけ、資金は蒸発し、夏清たちのような多くのオリジナルメイカースペースは苦しんでいる。山のような設備があっても、使う人がほとんどいない。
Makeの呼びかけ
「政府の報告書に最後に“メイカー”や“メイカースペース”って書かれたのはいつだったかな?」夏は肩をすくめながら語る。
メイカースペースは部品や機械、それらのトレーニングなどを提供する場所だ。それぞれのメイカースペースの運営は独立していて、学校や企業といったスポンサー内にあったり、会費モデルで家賃を賄ったりして運営している。たとえば夏が共同創業者である「マッシュルームクラウド」は、上海のメイカー向けロボット企業DFRobotによって設立された。
中国最初のメイカースペース新車間の最初期メンバーでもあった夏は、メイカー文化を「製造業の民主化」と呼び、商業主義がいかに人々を「自分で作る」という行為から遠ざけてしまったかを指摘する。
「僕は中国でメイカー文化を広げることがとても大事だと感じている。僕は、テスト勉強ばかりを重視する中国の人たちに、箱の外に出て実際にものを作ることの魅力に気づいてもらいたい。僕たちはメイカースペースを、誰でも来て、作れ、コミュニケートできる場所にしたいと思っているんだ」
でも、中央政府の背伸びしすぎた野心と、メイカースペースというコンセプトの定義は異なっていた。役人たちにとってメイカースペースはホビイストたちだけの場所ではなく、“learning by doing”は職とお金を生む言葉として捉えられ、「大衆創業・万衆創新」というスローガンが唱えられた。(訳注:メイカーやSTEM界隈で“Learning by doing”は「手を動かして学ぶ」とか「問題解決型の学習」と訳されるが、経済学で競争優位——先に始めたものがその後も経験によって優位を得るという説明でも使われる
2015年1月4日に、李克強首相と科学者やビジネスリーダーからなる20人ほどのチームが、深センのChaihuoメイカースペースを訪問した。メイカースペースのマネージャーYe Yuは「首相はメイカースペースやメイカーたちのプロジェクトを見て、興奮しながら繰り返し起業家精神やマスイノベーションについて語っていた」と訪問を回顧している。訪問の2日後、中央電視台(編注:中国の国営放送局)が李首相の訪問を放送し、李首相が狭いゴミゴミしたメイカースペースで小さいロボットアームと戯れるテレビ映像は中国全体に強いメッセージを送った。政府はメイカースペースに経済成長の原動力となることを望んだのだ。Yeは、「たったひと晩で誰もが“メイカー”“メイカースペース”という言葉を誰もが知ることになった」と語る。
2015年に政府が発表した中国製造2025戦略は、中国経済を低コストの労働力による経済発展から、イノベーション主導の経済成長への転換を促進するもので、創造性やデザインが奨励された。「政府は人々にコピーをやめさせ、自分で開発しようと説得したがっていて、メイカースペースはその計画で大きな部分を占めていた」とYeは語る。政府はまた、メイカースペースを増え始めた失業者対策として期待した。李首相は「スタートアップや起業家精神は、失業問題に対する解決策の一つで、メイカースペースはスタートアップの生まれる場所になりえる」とテレビで語っている。
李首相の訪問後、中国のメイカー文化はこれまでにない注目を集めた。2015年の政府年次報告書で「メイカー」という言葉がデビューし、同年にインターネット上の流行語第1位に輝いた。Yeは「急に国からメイカーという言葉がアナウンスされ、知られたことで、メイカーについて中国全体の多くの誤解を生んだ。メイカーと起業家は同じ意味で語られ、メイカースペースはスタートアップファクトリーと捉えられていた」
中央政府も地方自治体も、メイカースペースが起業家に偏りすぎたこの解釈に従いやすくなるような政策を展開した。例えば、メイカースペースは登場したスタートアップの数や資金調達の総額、特許の数で評価されるようになった。多くの会社や学校がとつぜん沸いたこの流行に飛び乗った。日本のエンジニアであり、メイカー文化のエバンジェリストでもある高須正和はこう説明する。「一晩で誰もがメイカーになっちまった。もし深センの周りを歩けば、メイカー喫茶店、メイカー美容院、メイカーレストラン、メイカーパン屋、あっちもこっちもメイカー! メイカー! メイカー! もちろんそれはバブルが起きているということだよね」
バブルの崩壊
政府がメイカースペースをカネを生む仕組みに変えようとしたことで、投資家の群れが市場にあふれたが、政府の期待していた方法でイノベーションが起こることはなかった。
靴箱と電気ハープシコードを改造して作られたソーラーシステムをいじりながら夏は語る。「なんで投資家はこれを商品化したいのだろう? 僕らはただ楽しむために作ったんだ」政府がメイカーをプッシュし始めてから、静かだったメイカースペースが多くの新顔であふれた。でも、投資家たちはカネになりそうなプロジェクトを探すか、(補助金のために)自分たちでメイカースペースを作ることを望んだ。すごい勢いに圧倒されかかったけど、ヘンだよね。僕らはインキュベーターじゃないんだから」
ChaihuoメイカースペースのYeは、政府の呼びかけと補助金で起きたメイカースペース急増を懸念していた。Chaihuoから生まれたメイカーが起業したSTEM教育ツールのMakeblockは3億6700万ドル企業となったが、Yeはメイカースペースのメンバーたちに利益を生むよう後押ししたことはない。「私たちはメイカーをユニコーン企業にしたいと思ったことはない。僕らはイノベーターたちの苗床でありたいだけだ」
Yeは、多くのメイカースペースは、本当にインキュベーターや、アクセラレーター、コワーキングのためのスペースであって、それはもちろんスタートアップのコミュニティにとって有用だと思っている。ところが皮肉なことに、クリエイターが実験や改造をできるメイカースペースは中国にあまりない。2018年8月の公式資料では中国のメイカースペースは5500カ所から2021年には1万1640カ所に増えると予測されているが、2016年のBritish Councilのレポートにある、実際にメイカースペースと呼べる場所は100に満たない数字だ。他のスペースにはツールも何もない。
「ハードウェアのシリコンバレー」と世界で呼ばれる深センの華強北電気街に、Segmakerというメイカースペース企業がある。これまで登場してきたベテランのメイカーたちは取り散らかった工作室にいるが、ここはパーテーションで仕切られた机が並ぶコワーキングスペースのように見える。マネージャーのJi Jialinは自らのスペースをこう語る。
「私たちの本質はインキュベーターとアクセラレーターだ。SegMakerには3つの3Dプリンターを備えた小さな工作室があるが、入居者でいちばん多いのはソフトウェアのスタートアップだ」なぜそういう空間がインキュベーターでなくメイカースペースを名乗っているのか尋ねると、「メイカースペースを名乗ると簡単に政府の資金援助が得られた。SegMakerを含む多くの深センのメイカースペースは、李首相のChaihuo訪問後の2015年に作られた。しかし、設備やトレーニングなどのサービスを提供していなかったのでメンバーを引きつけるのに苦労した」と彼女は、会員のいない広々としたラウンジに座りながら語る。(訳注:訳者たちニコニコ技術部深圳コミュニティはここに入居している。入居時に3カ月のフリーレントをしてもらえた)
深センの別の通りで見つけた、メイカースペースを名乗るカフェ「Optical Valiey Public Cheative [sic] Space(原文ママ)」でウェイトレスにどこにハードウェアがあるのか訪ねると、彼女はそんな質問を初めて聞くように私を見ながら、「3Dプリンターって何ですか? ここは喫茶店ですよ」と答えた。
高須によると、日本やアメリカのメイカームーブメントは自然に成長しているものの、中国でのムーブメントは異なるという。「中国のメイカームーブメントは政府の補助金や政策の積極的なプッシュで拡大したが、DIYやイノベーションの基礎的な要素はまだ欠けている」と語り、夏は中国の慣用句を引いて「植物を早く育てようと庭師が無茶をやると、かえって枯らしてしまう」と語る。
夏、Ye、Jiたちによれば悪影響はすでに出ている。DFRobotが毎年開いている上海メイカーカーニバル(メイカーとメイカースペースが出展する年1回の祭典)を訪問したとき、ちょうど親たちが子どもを連れて訪れたところだったが、それまでスタッフの一人はスマホで時間つぶしをしていた。
2018年は前年より25%来場者が減少した。メイカーカーニバルの主催者Carina Lin(DFRobotのPRマネージャー)は、「2018年はメイカーやメイカースペースにとってたいへんな1年で、多くのメイカースペースが閉鎖していて、深センではもっと状況が悪いみたいだ」と語った。
政府機関やベンチャーキャピタルは粗製濫造メイカースペースの供給過剰に反応し、財布のひもを締め始めた。10月に中国科学技術省は、機器やサービスが不足している、またはスタートアップのインキュベーションが進んでいない24のメイカースペースを不適格として廃止した。あるメディアのコメンテーターは政府の補助金や投資家の投資がなければ多くのメイカースペースが会員へのスペースの貸し出しのみに頼ることになり、「メイカースペースの冬」が訪れると警告している。北京メイカースペース協会が2017年に発表したレポートでは55%のメイカースペースが赤字運営、平均入居率は30%にすぎず、60%ものメイカースペースが損益分岐点を超えられていない。
Jiがインキュベーションしている企業はソフトウェアやサービスの会社が多い中で、数少ないハードウェアスタートアップの一つ、セグウェイのようなスクーターをリモート化するプロジェクトを引き合いに出しながら指摘する。「メイカースペースと名乗る場所はあまりに多いが、入居すべきメイカーやスタートアップが足りない。彼らのプロジェクトは、スクーター市場の中で特にユニークではなく、どのぐらい生き残れるかわからない。市場が成長する中ならそういうプロジェクトも生き残れるだろうが、資本投下が減るにつれて多くが終わるだろう」
しかし、マッシュルームクラウドのようなブーム以前からあるメイカースペース、本当にメンバーのイノベーションを助ける場所は、政府のメイカー奨励の恩恵を受けない。助成金はものづくりの商業的な側面、インキュベーションやアクセラレーション、コワーキングスペースなどに焦点が当てられている。新車間のように、メイカー文化をこの国に初めて紹介したスペースでさえ、何の補助金も受け取っていない。
「設備も、サービスも、トレーニングも提供していない、名乗っただけの“メイカースペース”って、スターバックスと何が違うの? 政府資金が注ぎ込まれたのはそういう場所だよね」夏は皮肉る。「僕たちは本当のメイカー文化が育つことを望んでいる。もちろん、まず僕ら自身が生き残らなきゃならない」
軌道修正はできるのか?
高須は上海メイカーカーニバル会場すぐ横のカフェに座りながら、ノートブックでゆっくり発展する曲線と急速に上下する曲線を描き、中国のメイカームーブメントについて説明する。「バブルに被われた中国の投資家や役人が元のコンセプトに戻るのは難しいだろう。バブルに踊らされる人たちが去った後の方がむしろチャンスだ。2014年にはシェアリングエコノミー、2015年にはメイカースペース、今はAIがバズワードになっている。投資家たちは去りつつあるが、メイカー文化はむしろ本来の姿に戻りつつある」と彼は語る。
夏のようなもともとのメイカースペースやメンバーたちも、バブルの崩壊を良い兆しだと考えている。「この3年の中国メイカームーブメントは、お金が注ぎ込まれることで急速に発展しすぎた。いま僕たちは中国のメイカー文化がどうなると良いのか考え直すタイミングだ」と彼は語る。お金の算段は心配だが、彼はムーブメントの行く末を今もポジティブに考えている。
取材している間も、眼鏡をかけた若者がバックパックを置いて、レーザーカッターのあるラボに向かう。このメイカースペースのメンバーで、魔法陣のように見えるワイヤレスのiPhone充電器を作っている、Sun Haoqinという30歳のエンジニアだ。彼はYoutubeで魔法陣充電器のアイデアを見て、「まだ誰も製作に成功していないことを知り、実際に動くものを自分で作りたくなったんだ」
彼らはお金が欲しくて始めた、投資家に飢えている人たちではない。そうしたメイカーたちはいつも中国にいた。「僕たちはそれを見つけただけだ」と夏は語る。彼は中国の若者にイノベーションや起業家精神がないとは思っていないが、それが一晩で現れるわけでなく、長い積み重ねがいることも知っている。
高須は中国のニセモノ歴史について語りながら、「ビートルズみたいな偉大なロックバンドになりたいなら、ビートルズのコピーに聞こえるような曲を100曲作るべきだ。そのあと101回目にできる曲は、オリジナルに聞こえるようになる。イノベーションとはそういうものだ」と説明する。
筆者がマッシュルームクラウドメイカースペースを離れるとき、学校の制服を着た若者のグループがメイカー教育の初級クラスを受けるためにスペースに到着した。子どもたちに実践的な創造性、クリティカル・シンキング、自由な実験のやりかたを身に付けさせるメイカー教育はこの2年、中国全土で盛んに行われている。高須もそれが「次のバブルかもしれない」と指摘しているが、学生たちは好奇心と興奮に満ちた表情でメイカースペースを見渡していた。夏は彼らのために走り回り、こう話しかける。
「ようこそ! 設備の説明をいろいろしよう。でも、最初にまず質問したい。“メイカーって、なんだろうね?”」
記者:Julia Hollingsworth
訳:高須正和