アジアのMakers by 高須正和
製品に最適な統合カスタムチップをオンデマンドで安価に作るスタートアップ、zGlue
モデム、CPU、メモリーなどの複数の機能を統合したSoC(System on Chip)は最近のIoT機器に欠かせない。Qualcommの「Snapdragon」シリーズやMediaTekが投入する統合チップは、さまざまなスマートフォンが短期間で開発されるエコシステムの重要な一部だ。SoCそのものを作るのはこれまで大企業に限られた話だったが、そこを大衆化させるビジネスを手がけるベンチャーがzGlueだ。
SoCによりIoT機器の開発速度は上がる
CPUやメモリー、WifiやBluetoothといった通信機能を、一つの半導体チップ内にまとめたSoC(System on Chip)は、安価で高性能なICT/IoT機器が続々登場するエコシステムの一部になっている。ICT機器の開発においては、自作PCのようにCPU、メモリー、グラフィックボード、記憶素子、無線機能などにそれぞれ必要な機能を備えたチップを集め、基板を設計してまとめる形が一般的だが、部品点数が増えると設計・製造・テストそれぞれの工数は増えていき、最終的に工数はコストになっては製品に添加される。
ところが、QualcommのSnapdragonシリーズやMediaTekが投入する統合チップは、通信/CPU/メモリー/いくつかのセンサーなどを一つのチップ内に持っていて、それが通信機器の開発を大いに助けている。最近ではWi-Fi等の通信機能を備えたICT/IoT機器が多いので、そうした機能があらかじめ組み込まれていることは開発の工数を下げる。またSoCそのものは半導体なので量産効果が大きく、安価で高性能・高品質なコア機能を調達できることも開発者にはありがたい。さらにチップそのものに必要機能がまとまっていることは、その間のデータ転送速度が向上するなど、全体として高性能化する効果がある。
スタートアップと相性の悪いカスタムSoC開発を解決する
一方でSoCそのものを作る行為は半導体の設計なので、設計と製造立ち上げの初期にかかるイニシャルコストがきわめて大きく、最終的にたくさん売れるチップが作れれば量産効果で最終的なコストが下がってくるものの、スタートアップの規模で行うのは難しく、ビジネス的な相性が悪い。
そうしたカスタムSoCを安価で小ロットから開発できるようにするのが、シリコンバレーのマウンテンビューで誕生したzGlueのビジネスモデルだ。まず同社Webサイト上のChipbuilder(クラウドベースのSoC設計ツール)を使ってあらかじめ提携しているチップベンダーが提供するIC部品をChipletとして配置する。それぞれはBGAパッケージやCSPパッケージになっている、NordicのBluetooth Low Energyマイコンや加速度センサーなどだ。そうしたいくつかの機能を備えたChipletを選んでチップをデザインし、最終的なチップの入出力になるピンアサインを設計すると、2万5000ドルで10個程度(一つあたり2500ドル)からカスタムチップを製造することができる。これはプロトタイプの場合で、量産するとチップあたりの価格は下がってくる。この場合、Chiplet単位での動作検証は済んでいるため、システム全体の検証の手間を大きく省略する効果も生む。ワンチップにまとめることによる高速化効果もあるので、開発する側としては良いことずくめだ。
zGlueは2017年に創業し、実際にカスタムチップがはじめて出荷されるのは2019年の夏頃、つまりまだ出ていないというバリバリのスタートアップだ。技術的には注目を浴びていて、すでにシリーズBの投資に入っている。
zGlueのビジネスを支える技術 Smart Fabric
zGlueのビジネスを支えるコア技術の一つがSmart Fabricと同社が呼んでいるハードウェアだ。Smart Fabricはさまざまなチップを載せる土台の役割を果たすハードウェアで、Smart Fabric自体が半導体で構成されている。Smart Fabricは大量生産できる共通のものだが、上に載せるチップの配線を設計時に動的に変更することができる。少しFPGAに似た技術だ。FPGAはプログラムで動的に回路を変更できるチップで、専用チップに近い性能が必要だが大量生産できないとき、たとえば特殊なディスプレイを使うときのグラフィック機能などによく使われている。その技術を「チップ同士をつなげる」Smart Fabricに使ったのがzGlueのアイデアで、このアイデアに対しては特許取得済みだ。
FPGAの性能は専用チップに及ばないし、通信やセンサーのようにもともとハードウェア的に備えていない機能は作れない。しかし、「プログラマブルに回路を変更できる」という機能を使って、さまざまなチップを載せる土台としてのSmart Fabricを開発したのは良いアイデアだ。会社名のzGlueも、z(縦方向)にGlue(接着)、つまりさまざまなチップを載せてくっつけるところに由来している。
CTOで創業者の一人Jawad氏はスタンフォード大学でPh.Dを取得し、これまでTransmetaなどいくつかのプロセッサー企業で働いてきた。TransmetaのCrusoeチップは、ソフトウェアで動的に命令を実行するというSmart FabricやFPGAに近い技術で、2000年頃にいくつかのノートPCに採用された技術だ。
これまでの方法で作られたSoCに比べるとzGlueで作ったカスタムチップは一部非効率で、速度が遅めになる。ただそれぞれのチップを回路に置くよりはずっと早く、消費電力も少なくなり、パッケージ化された部分の品質も上がる。何度か触れたようにSoCの開発は初期コストがすごくかかり、時間もかかるビジネスなので、そこを加速し、安価にしたzGlueのアプローチは価値がある。数千~数十万といった単位の製品でもオンデマンドのSoCを利用できるのはとても魅力的なソリューションだ。
スタートアップとしてのzGlue
zGlueのシード段階での資金はスタンフォード大学のファンドが出している。Smart Fabricはアイデアを特許で守ろうとしているが、実際に作るのは初期投資が大きくて量産効果が高いビジネスなので、2019年夏の製品出荷に無事成功したらそれも先行者利益になる。どのチップにも対応するものではないので、チップメーカーとのネットワークも資産だし、サイトのWebアプリであるChipBuilderもソフトウェアも資産だ。スタートアップとしてはそれが強みになる。
まだ製品を出していないスタートアップであるzGlueを筆者が知ったのは、2019年1月のCESだった。テーブル2つの小さいブースだが、「Appleのクオリティと深センの速度」というキャッチコピーが気になり、細かくブースを見たところSoCをオンデマンドで作るアイデアに引かれた。また、メンバーの多くがアメリカの大学を卒業した中国人で、深センにオフィスを作ったばかりというのもお互いの興味を引いた。
僕は深センで仲間たちとニコ技深圳コミュニティという技術ベースのコミュニティを運営している。メンバーたちに共有したところ、LSIの自作プロジェクトを行っている金沢大学の秋田純一教授やシリコンバレー勤務時にzGlueのプレゼンを聞いていたソフトバンクの菊地仁氏などが興味を示し、そのままzGlueのメンバーと一緒にwechat上でクローズドのユーザーグループを開いた。zGlue側から参加したHua Hao氏も、こうしたきわめて技術的なテーマでここまで盛り上がるギークたちが日本にいたのに驚き、関係メンバーを集めて深センでミートアップを行うことになった。
サービスリリース前のこの段階のスタートアップだと、ある程度リソースを割いて検証に付き合ってくれる、リテラシーの高いユーザーたちは宝物のような存在だ。まだChipBuilderにも未実装の機能やバグが残っているし、「このサービスが最終的にどのように社会に受け入れられるか」は誰にも分からない。今のwechatグループは僕か秋田先生が承認するクローズドな形だが、サービスリリース後など、ユーザーを増やしていく段階になると、Facebookなどでオープンにコミュニティを作っていく形になるだろう。
こうしたスタートアップと深く付き合えると、こちらにも知見がたまる。他の投資家界隈などと話すときもネタになるし、僕の勤務先であるスイッチサイエンスとも何か関係が持てそうなビジネスだ。この段階のスタートアップだと単なる一ユーザーでも深いコミュニケーションができ、何かしら一緒にコミュニティを立ち上げたりできるのは面白い話なので、これからもサポートしていくつもりでいる。