アジアのMakers by 高須正和
イノベーションのために「楽しさ」を取り戻す 国内企業メイカースペース対談
2023年2月24日、東芝のメイカースペース「Creative Circuit」を運営する衣斐秀聽(いび ひでき)さんの呼びかけで、ソニー 「Creative Lounge」の田中章愛(たなか あきちか)さん、リコー「つくる〜む海老名」を運営する本美勝史(ほんみ まさし)さん、デンソー「DEES Maker College(DMC)」の岡本強(おかもと つよし)さん各氏が集まり、企業内メイカースペース対談「Inhouse Makers Day」が行われた。
ソニー Creative Lounge
田中 章愛
ソニー・インタラクティブエンタテインメント
toio事業推進室課長/toio開発者
2006年筑波大学大学院修了。同年ソニー入社。研究所でのロボットの研究開発を経て、2013年スタンフォード大学訪問研究員。2014年よりソニーのスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム(SAP、現SSAP)やCreative Loungeの企画運営に携わる。2016年SAPの新規事業/社内スタートアップとして有志でtoioプロジェクトを提案、以降商品化/事業化に従事。2018年よりソニー・インタラクティブエンタテインメントにて現職。2022年NHK「魔改造の夜」にてチーム「Sニー」の総合リーダーを務め世界新記録を達成した。toioは第10回ロボット大賞にてロボット大賞文部科学大臣賞受賞。
リコー つくる~む海老名
本美 勝史
リコー
デジタル戦略部 デジタル人材戦略センター
リコーを芯からアジャイルにするTF所属
社内ファブスペース「つくる~む海老名」運営
大学院修了後、リコーに入社。エレキハード担当として産業用印刷機、複写機の設計、工作機械のモニタリングシステム開発に携わる。現在は不確実性の高い課題に対処できる組織力の強化を目的とした、デザイン思考とアジャイルの浸透、推進に従事。社内副業として、社員のクリエイティビティ向上を目的とした社内ファブスペース「つくる~む海老名」を立ち上げ/運営を行っている。半分業務、半分個人的な活動としてプロトタイピングの意味、効果、手法を研究中。
デンソー DEES Maker College
岡本 強
デンソー
ソフト生産革新部 ソフトプロセス革新室担当課長
電気通信大学大学院修了後、モデルベース開発(MBD)のツールベンダーを経てデンソーに中途入社。
自動車用ECUのソフト設計プロセスツールの企画/開発/運用に従事。
2016年、デンソー社内に業務外活動用のmakerスペースと、「本気で遊ぶモノ作り」をモットーとした有志団体DEES Maker College(DMC)を仲間と共に立上げ、運営に携わっている。2021年、NHK「魔改造の夜」第4夜にチーム「Dンソー」プロジェクトマネージャーとして参戦。
東芝 Creative Circuit
衣斐 秀聽
東芝
CPS x デザイン部 デザイン開発部 共創推進担当 エキスパート
2004年多摩美術大学情報デザイン学科卒業後、東芝に入社。2015年から社内に企業内メイカースペースを立ち上げることを構想し、その実現のための活動として、2016年に社会人ものづくりサークル「つくるラボ」を設立。2019年に現在の部門に異動し、2021年2月に共創センター Creative CircuitとメイカースペースKM1の立ち上げを担当。
個人活動では文化庁メディア芸術祭、ハードウェアコンテストGUGENなどで受賞。つくるラボとしては、30件以上の受賞歴がある。
国内大手製造業の社内メイカースペースを運営する各氏。
以前fabcrossでもGoogleとMicrosoftの企業内メイカースペースの共通点や違いについてレポートした。国内大手製造業のメイカースペースはどう異なり、どこが共通しているのだろうか。
コミュニティづくりは「まず手を動かして人に見せる」ことから始まる
イベント全体を貫くテーマは、「まず手を動かす」「ものづくりを楽しむ」「興味をもとに人々をつなげる」の3つだろう。
イベントではメイカースペースの立ち上げ、もっと良くするための工夫について多くのディスカッションが行われた。その中で各登壇者の手法に共通していたのは、「まずやってみて人に見せる」精神だ。
新しい人を獲得するためのイベントを行い、メイカーフェア的な活動に興味を持った人をバスに乗せて見に行かせるなどの実際に具体的な活動につなげることが、メイカースペースを中心としたコミュニティづくりにつながっている。
それぞれのメイカースペースが、企業に対して業務に直結する成果を出している。だが、その成果を生んだのは、通常の研究開発や製品企画では難しい、メイカースペースならではのものだ。どの成果も、「まず手を動かす」ことから生まれている。
最も初期から活動しているのはソニーのCreative Loungeで、2014年から活動している。ロボットトイの「toio(トイオ)」はCreative Lounge開設前から業務外の放課後プロジェクトとして開発が続けられていたが、メイカースペースができて開発しながらフィードバックを受けることができることで、製品のブラッシュアップにつながった。Creative Loungeの重要性が社内でも認知され、国内外を含めたソニーグループ各拠点でメイカースペースができた。その広がりはトップダウンな働きかけでなく、運営方法や事例がひな型のようにシェアされ、有志がその場の環境や需要に合わせて自発的に立ち上がっていったことが、定着した最大のカギだった。
リコーのつくる〜む新横は2015年に新横浜事業所に開設。その後他事業所との統合で新横浜事業所が閉鎖されたため、別のメンバーが海老名事業所で開設したつくる~む海老名に引き継がれた。現在はリコー社内で500名が参加するオンラインコミュニティを運営しているほか、社内新規事業アクセラレーションプログラムであるTRIBUS(トライバス)参加チームの活動拠点としても活用されている。
デンソーのDMCは2016年に開設。設立にはソニー、リコーの影響があったという。社内の廃工場を利用したスペースを立上げ、事業から離れて“ものづくりを「本気で遊ぶ」”をテーマに、価値や意味など「目的」からスタートせず、「遊び」から始めてものづくりの「情熱」を取り戻す活動を実践中。活動は、DMCメンバー個人での創作およびチームでの共創活動と、仲間を増やすための社内イベントの企画/運営の2本柱。例えば、全国の社員を対象に完全在宅のリモートロボコンを毎年行ったり、同じ3Dプリンターを100人で購入して各家庭をメイカースペース化するイベントや、会社エントランスを占拠してDIY自動運転ラジコンカーのDeep Racerレースをしたり、会社バスを借りてメイカーフェア東京に愛知から片道4時間かけてグループで訪れる弾丸ツアーを開催したりしたという。
東芝のCreative Circuitは2021年にオープン。毎週水曜に社内向けに開放したものづくり活動「スイスイ会」のほか、手を動かしてデザイン思考によるものづくりを6日間かけて総合的に体験する「共創&デジタル人財Boost Program」を実施している。一度に部門を横断した30名ほどが受講し、これまでに合計130名以上が受講したという。
こうした研究開発や新規事業につながる成果は、メイカースペースがものづくりへの興味を結節点に社内の異なる人々を出会わせたことで生まれている。
メイカースペース(ハッカースペース)とはメイカーたちが出会う場所
メイカースペース(ハッカースペース)とは、ものづくりのためにさまざまなデジタル工作機械が備えられ、利用できる物理的な場所を指す。だが、そうした場所や設備だけでは不十分だ。
ハッカースペース(メイカースペース)という概念を提唱したミッチ・アルトマンは、「ハッカースペースには魔法がある。設備だけではなく、共通点のある人々が出会い、好奇心の対象をシェアし、それによってお互いの好奇心を刺激していけるのが、ハッカースペースの魔法なんだ。それなしに場所や設備を整えることは意味がない。まるで世界各地でシリコンバレーの真似をしようとしているけれど、建物しか作れていないように」と、ハッカースペースの役割を定義している。
出典:「世界ハッカースペースガイド」
筆者はミッチ・アルトマンに解説を寄稿してもらい、世界中のハッカースペースを訪ね歩いた「世界ハッカースペースガイド」を2017年に出版した。その後も40カ国/100近いメイカースペースを訪問している。
企業活動は仕事が発生して人々をアサインするものであり、一方で「興味をもとに人々を出会わせる」力は、企業内メイカースペースならではのものだ。
企業内の異なる部署の人を出会わせるきっかけ 各スペースの工夫と効果
今回紹介した4企業それぞれのメイカースペースの運営でも「人々が興味をもとに出会うことで起こる魔法」は意識されていた。東証プライム上場企業のエンジニアたちが運営するだけあって、工作機械はそれぞれ一流のものが配備されているが、それに加えてオープンデイや新しい技術の勉強会、ガジェットに触る機会などのイベントを多く開催し、共通する興味のある社員同士を出会う場所にしようとしている。
社内の人が部署の垣根を超えて出会うことと同じぐらい、共通する興味を持った、社外の人と出会うことも重要だ。ソニーのCreative Loungeはもともとお客様相談窓口が移転して空いた場所だったので、ビル内でも社外の人が入りやすい場所にあり、社内外の人々が交流できる場所として開かれている。
東芝のCreative Circuitが今回のようなYouTubeイベントを開いたのは、社外とのつながりを作る活動の一つだ。リコーのつくる〜むは、横浜市のものづくりイベント「YOXO Festival」やメイカーフェアなど、社外のものづくりイベントに出展している。こうしたメイカースペース単位でのイベント参加や、社内でのものづくりイベント開催は、他のスペースでも見られる共通点となっている。デンソーのDMCではオープンデイに500名ほどが集まり、リコーの社内ものづくりイベントでは38組の出展を記録したという。
楽しみを生むために「自由なものづくりを実現する」工夫
興味をキーに人々が出会うためには、まず興味を持ってもらうことが、必要だ。各社のメイカースペースとも、ものづくりを楽しめるための工夫をこらしている。
楽しむための大事な要素として、仕事の枠を超えて、自由なものづくりが挙げられる。草分けともいえるソニーのCreative Loungeではデジタル工作機械と材料を実費程度の少額で提供することから始め、手続きを廃して自由にものづくりをしてもらうための手段だったという。他のメイカースペースにもそれは共通しており、「どうやって社内にありながら、メイカースペース内では部署や専門性の垣根を超えて自由なものづくりをしてもらうか」に配慮している様子がうかがえた。
デンソーのDMCでは、車載環境ということもあり制限の厳しい社内LANから切り離す形でメイカースペースにLANを引いたという。他のスペースでも、M5Stackの開発環境UIFlow(MQTT、1883番ポートを使用する)を使う上で社内LANの問題があった話や、Arduinoで使うライブラリが読み込めなかった話などが紹介された。
自由は楽しさに、楽しさをキーに人々が出会うことがイノベーションにつながる
各スペースとも、オープン後に利用者は増え、社内の期待も高まっており、ますます好調だ。その中で最も興味深い各社の共通点が、当初はイノベーションを掲げて始まったメイカースペースが、その後各社ともスローガンからイノベーションを外し、「ものづくりを楽しむ」的なものに変えたことだ。
イノベーションが不要になったわけでなく、本業でも製造や製品開発を行っている各社として、普段の業務とは別の楽しむものづくりがイノベーションのために必要と再確認し、メイカースペースの目的を再定義したのだという。
これは、メイカーフェアの発起人デール・ダハティがたびたび主張する、「楽しむことからイノベーションは始まる」とも符合する。楽しめる状態でなければ、自分が本当に欲しいアイデアに気付けないし、他人のアイデアを直感で判断できない。集まった共通点がある人が、共に手を動かす中で、それぞれが素直に判断できるようになり、アイデアの共創や協力が生まれる。それにより、ものづくりをより楽しめることで、それぞれの限界を超えてものづくりを続けられることが、メイカースペースの魔法となのだろう。