アジアのMakers by 高須正和
メイカーとメーカーの連携 インスタコードaiwa版の狙い
ゆーいち(永田雄一)さんが発明した新しい楽器「InstaChord(インスタコード)」は、クラウドファンディングの成功後も売り上げを伸ばし、累計6000台以上を出荷している。個人メイカーが楽器としてきちんと使える製品を発明し、実際に売り続けていることは希少な成功例で、fabcrossでも何度も記事にしてきた。
2023年3月には、こちらもfabcross読者となじみの深いJENESISが、所有するブランドaiwaデジタルから「aiwa play RX-01」として新バージョンを発売した。JENESISは中国 深圳に生産拠点を構える日本法人で、クラウドファンディングに成功したインスタコードの製造も請け負っている。
順調に成長を続けるインスタコードだが、founderのゆーいちさんは会社の規模拡大を目指すのではなく、個人メイカーとしての立ち位置を保ちながら、オープンイノベーションでプロダクトを成長させていくつもりだという。
ゆーいちさんと、JENESIS取締役で執行役員COOの栗原理氏に、aiwa play RX01のものづくりについてインタビューした。そこには、メイカーとメーカーの連携として、1つのモデルケースになる狙いがあった。
インスタコードにはさまざまな可能性がある
栗原:会社としてのJENESIS(aiwaデジタル)の立ち位置をまず説明すると、EMS/ODM企業であるJENESISは、スマホやタブレットなどの「すでに市場がある手堅い製品」が多い(aiwaデジタル製品情報)。家電量販店などの販売網や、ユーザーサポートも備えています。
一方で、これから市場を作っていく新しい製品は、これまでのaiwaデジタルのラインアップにはありませんでした。JENESISにはEMS/ODM企業として、多くのスタートアップと連携してきた経験があるので、そうした新製品/新ビジネスでオープンイノベーションを進めていきたい。そういう中でインスタコードはぴったりのケースでした。
ゆーいち:お互いの事情があるなかで、インスタコードの製造をしているJENESISの栗原さんと自分が会っていろいろ話す中で、aiwa版インスタコードのアイデアが生まれました。
栗原:製品の視点から見ても、今のインスタコードはもちろん良い製品です。今も売れているし、今後もさまざまな可能性がある。「より簡単に作曲できる」という方向性もあれば、「簡単に弾き語りできる」という方向性もある。aiwa play RX-01が狙っていくのは後者のマーケットです。
メイカー向けマーケット、メーカー向けマーケットがある
ゆーいち:インスタコードは作曲も演奏もできる製品として開発しました。例えばPCなどの音楽編集ソフトとMIDI接続する機能は、作曲者向けのものです。他にもインスタコードは使い方に合わせてカスタマイズできる機能がたくさんあり、これからも機能追加を予定しています。世間にある製品ではまず例を見ない、ハードウェアのアップデートもしました。
販売後のフィードバックを受けて、パッドやボタンを別の材質に変えるもので、クラウドファンディングの初回バージョンを買った人も、部品だけを購入して最新版にアップデートできるようにしています。
一方で、そもそも「アップデートや機能追加そのものが苦手、カスタマイズもせず、そのまま使いたい」という層がいます。
機能追加が好きなユーザーと苦手なユーザー、どちらもインスタコードのユーザーとして想定していますが、別々のマーケティングが必要になりますし、自分が両方をやるのは難しい。aiwa playのアイデアは、後者のカスタマイズが苦手なユーザーにぴったりで、そちら向けにはaiwaのマーケティングチャネルが向いています。
栗原:例えば、シニア向けの引き合いが来ています。演奏を手軽に楽しみたいシニア層は、とても魅力的なマーケットです。そこには、通販番組や折込チラシといった販売チャネルの多角化や、使い方のDVDをセットにして売るなど販売方法の工夫が必要で、aiwa/JENESISはそういうマーケットに対応できます。アンケートでも、aiwaの認知度は50代以上に強いんです。
ゆーいち: 弊社でも自社で制作した動画をYouTubeにたくさん公開していますが、それでシニア層に訴求するのは難しい。DVD化するような本格的なコンテンツ制作は、個人メイカーだと対応しづらいし、優先度は下がります。
栗原:他にも量販店にPOPを作って売る、販売員を立たせるなど、aiwa play RX-01はプッシュして売ることもできる製品だと思っています。
ゆーいち:販路は分けるつもりです。インスタコードは量販店での販売をせず、販売チャネルは楽器屋とインターネットに限定しています。それらのチャネルには、「分かってるひと、もっと分かりたいひと」が買いに来ます。
aiwa版のものづくりと、インスタコードにもたらされるもの
栗原:aiwa play RX-01の製造数や値段などはaiwa側で決めていきますが、モノとしてはインスタコードとかなり共通点が多いです。基本的な設計や部品構成から、タッチの感覚など細かいチューニングまでインスタコードを踏襲しています。とはいえ、さまざまな部品の置き換えなどは調達状況を見てフレキシブルに対応しています。これは、インスタコードの量産設計をJENESISで行なっていたからこそのメリットだと考えています。
ゆーいち:部品の共通化を進めることで、全体の製造数が増え、インスタコードとしても部品の調達がしやすくなるメリットがあります。aiwa play RX-01では、Bluetooth MIDIやUSB-MIDIなどのMIDI通信を省きました。他にも左利き/右利きのカスタマイズや、音色のカスタマイズなど、弾き語りを楽しみたいだけのライトユーザーには不要な機能や理解しづらい機能をカットして、そのぶん迷いづらく、分かりやすい製品になっています。アップデートも必要最小限にするつもりです。このような初心者向けのシンプルな製品を発売することは、インスタコードの将来のビジョンとして描いていましたが、自分だけでは実現できなかったと思っています。
インディーズとメジャー エコシステムを作っていく
ゆーいち:インスタコードはプロジェクトの立ち上げからマーケティングなど、自分を中心に、さまざまな人と協力して、インディーズ的にやってきました。個人プロジェクトにしてはとても成功しているし、製品はもっと大きくなっていくと思います。一方で、今も「人を雇って会社を大きくする」みたいなことは、自分のビジョンにありません。つまり、仕事はインディーズとして続けていきたいけど、インスタコードはメジャーデビューしていく。今回のaiwa play RX-01は、メジャーデビューみたいなものだと思っています。
もちろん、インスタコードはインディーズとしても引き続き活動していきます。4月には世界最大の楽器ショー「NAMM SHOW」に参加し、世界でのクラウドファンディングも始めます。
栗原:確かに、量販店での販売や、シニア層を含めたさまざまなチャネルで展開すると、より「仕事っぽい」対応が増えていきます。それはaiwa/JENESISのカラーでもあるし、そうやってゆーいちさんみたいな人とオープンイノベーションすることで、インスタコードとしてもJENESISとしてもエコシステムを大きくしていくのは、両者の狙いでもあります。
取材を終えて:オープンイノベーションの1つのモデルケース
筆者はJENESISの藤岡淳一氏(代表取締役社長、執行役員CEO)と共同で深圳のハードウェアコミュニティ「ニコ技深圳」を運営し始めて10年近くになる。ゆーいちさんがインスタコードの製造委託先にJENESISを選んだのは、こうしたコミュニティ活動から生まれたイベントや記事から、メイカーと一緒にプロジェクトを進められると思ったことがきっかけだったという。
aiwaは日本のブランドだが、そのaiwaを生んだ日本の製造業は、ヒット製品がなかなか生まれないことに苦労している。新しい、これまでになかった概念の製品は、しばしばスタートアップから生まれるが、日本のハードウェアスタートアップが、深圳のように急速な大規模化を果たすことは難しい。
インスタコードの量産から始まった、ゆーいちさんとJENESISのオープンイノベーションは、aiwaデジタルブランドからaiwa play RX-01が誕生したことで、より大きなエコシステムにつながっていくように見える。
深圳が持つネットワークの広さやフレキシブルさは、深圳と他地域の製造業を差別化する大きな要因だ。ゆーいちさんが音楽業界のインディーズとメジャーに例えたように、両者が合わさったエコシステムは、業界全体を強くする。メイカーとメーカーが手を取り合ってオープンイノベーションに取り組んでいる今回のケースは、日本の製造業にとって1つのモデルケースとなりそうだ。