アジアのMakers by 高須正和
M5Stack CEO ジミーが語る2023年計画「より広い範囲で、アイデアを簡単にプロトタイプできるように」
2017年に最初の製品を発表したM5Stackシリーズは順調に売上を伸ばしている。2018年2月に国内販売開始して以来、日本は同社における世界シェア35%と最大の市場だ。
日本だけでなく世界全体でも売上は伸びている。開発に協力するエンジニアが増え、フルタイムの日本人社員も入社している。R&Dにおける日本のメイカーの存在感は、M5Stackの中でどんどん大きくなってきているのだ。
2023年の計画は「あらゆる範囲でプロトタイプを簡単にしていきたい」
2018年は20人弱、2021年は40名程度だったM5Stackメンバーは、2023年6月現在82名まで拡大している。2022年にはオフィスを中国 深圳市宝安区に移転し、生産ラインとオフィスを一体化。これにより、アイデアから製品化までの速度が上がった。2022年(春節から次の春節まで)は1年間で60種類を超える製品を設計/販売し、同数以上のOEMプロジェクトも行っている。
現在のビジョンは、さらなるラインアップ拡大にあるようだ。CEOのジミー・ライに、今後のM5Stack計画について話してもらった。fabcrossでは2018年、2021年とインタビューしているが、その2023年版となる。
とにかくアイデアの実現をシンプルに
CEOのジミーが語るM5Stackシリーズのゴールは、「どんなアイデアの実現でも、とにかくシンプルに、簡単にできるようにしたい」ということだ。
シンプル、簡単を実現するためには、製品の種類を増やしてやれることを増やす、いつでも手に入るための生産管理を行うなど、さまざまな業務が必要になる。
センサーや周辺機器を調べる手間を「シンプル」に。M5Stack周辺機器、センサー、I/O、インターフェースなどの拡張
必要なセンサーがM5シリーズでそろっていて、いちいちネットショップで調べなくても良いことは、シンプルの大切な要素だ。今後も情報をインプットするセンサーやカメラ、アウトプットするモニターや電子ペーパー、さらにはモータードライバーやアクチュエーター、スピーカーなどの製品を増やしていく。
工業用を含めたさまざまな通信が行えることも重要で、入出力モジュールは増えていくだろう。いろいろな操作が簡単にできるように、ジョイスティックやエンコーダーなどのインターフェースデバイスも、今後どんどんと増やしていく。
新しい製品を作るだけでなくて、今ある製品を安定的に供給することも不可欠だ。現在M5Stackでは合計500SKU(製品ID)ほどの製品を開発しているが、そのうちの350SKUが今も買える状態にある。この350SKUはすべて自社製造していて、毎週月曜日に向こう8週間分の生産計画を立て、状況に応じて毎週組み直している。また、会議も週ごとに行っている。製造時のフィードバックや進捗を見て、部品や設計などのアップグレードが必要なSKUを決めるのである。
生産終了(EOL=End Of Life)した150SKUは、ほとんどは後継機への置き換えだ。後継機に置き換わる大きな要因は部品の変更で、特にここ2~3年は、半導体不足の影響もある。中の部品を置き換えて、影響範囲が大きいものはSKUを変えて発売している。M5Stack Basicは現在V2.7になっていて、V1.0の頃に比べてさまざまな部品変更がある。
また、M5StickCという製品はEOLで、M5Stick C Plusに置き換わった。M5Stick C Plusは機能が追加されているだけでなく、時間あたりの製造個数も倍になっていて、製造しやすくなっている。毎月1度、購買した部品の価格や在庫状況をチェックし、EOLや設計変更の判断要素としている。
M5Stackでできることを増やす。AIチップ版、Linux版やWindows版の構想も
M5StackはESP32シリーズを使っている製品が多い。もちろんこれまでの製品も併売するが、Espressif Systemsの新SoCが出るたびにアップグレード版を出そうと考えている。現在はESP32-S3が出たので、Core S3、Stamp S3など、中心のシリーズのS3版を出していく。今後の新シリーズはEspressif Systemsの都合で決まるので、M5Stack側でコントロールしているわけではない。
一方で、Linux版やWindows版など、ESP32シリーズ以外のM5Stackシリーズも作り続けていきたい。Raspberry Pi Computer Moduleを使ったCM4Stackの売れ行きは好調で、Linuxベースの開発ボードもシリーズに入ってきたのは良いことだ。CM4Stackの供給はまだ不足しているが、中国ではSigmaStar、AmlogicなどのLinuxが動作し、AI処理に強みがあるSoCが続々出ているので、そちらのシリーズも発展させていきたい。SigmaStarのAIチップを使ったUnitV2は、新型のV3を開発中だ。
また、Intelの新しいCPUシリーズはTDPが低く、CM4Stackぐらいのサイズで、Windowsが動作するM5シリーズを出すことができるかもしれない。こうしたものは常にプロトタイプを繰り返している。
1つのソフトで解決できるように。さまざまなM5シリーズを統合的に扱う M5UnifiedとUIFlow2.0
M5Stackのシリーズが増えて、できることが増えたのは良いことだけど、これまでのM5Stackシリーズでプログラムを書く場合、別のシリーズに変えるとプログラムを書き直す必要があった。ボタンが3つあるBasicシリーズと、1つだけのStickシリーズ、ボタンを無くしてタッチパネル化したCore2シリーズなど、製品ごとにプログラムを書き換える必要がある。そうしたさまざまな製品を統合して同じプログラムで制御できるライブラリ「M5Unified」を、エンジニアの@lovyan03が中心になって開発している。
ブロックベースのプログラミング環境「UIFlow」も、M5Unifiedに合わせて2.0を開発し、対応機種を増やしていくつもりだ。
ますます深まる日本ユーザーとの関係
Maker Faire Kyoto 2023を皮切りに5月5日までのGW期間、M5StackはCEOのジミーを中心として日本各地でミートアップを行うツアーを開催した。「M5Stack Japan Tour 2023 Spring」と題されたこのツアーは、Maker Faire Kyoto 2023をスタート地点に大阪/広島/金沢/東京(2回)と各地でユーザミートアップを行う大規模なもので、各会場とも大勢のM5Stackファンが詰めかけた。
東京、大阪、広島などのミートアップでは発表者のアーカイブやTwitterまとめなどが公開されていて、業務で利用する、製品に組み込むなどの用途でM5Stackが広がっていることを伺わせる。
産業分野でも利用が広がるM5Stack
日本各地で行われたミートアップの皮切りになった5月1日のイベントは大阪 門真のパナソニック ホールディングス本社にあるメイカースペース AXLで開催された。
午前中はパナソニック社内で30名ほどの社員たちと、ワークショップを行った。M5Stackに詳しい社員たちがメンターとなって、興味はあるものの初めて触る社員たちにM5Stackを使った電子名札づくりを教えたのである。
午後は社外のM5Stack愛好家や作品を作っている人を集めて、ミートアップとメイカーフェア的な展示イベントを実施。社員だけで30名以上、総勢で100名を超える愛好家が集まるものとなり、産業分野でもシェアが広がっていることを伺わせた。
5月20日に行われた、工場設備の自動化事例や知見をシェアするイベント#fa_studyではCEOのジミーが深圳本社の、実際にM5シリーズを製造している生産ラインの前から生中継を行った。M5Stackの製品開発と製造について、生産ラインで働くエンジニアたちと積極的に意見を交わしたのである。
Maker Faire Kyoto 2023でも多くのM5Stackプロジェクトが
Maker Faire Kyoto 2023の出展者でM5Stackを使用しているプロジェクト主にプレゼントするために、M5Stackでは50個のLEDバッジを制作して持ち込んだ。Maker Faire Kyoto 2023は感染対策もあって規模を縮小し、出展は130組前後だったが、50個用意したバッジは2日間でちょうど配布しきった。
M5Stackを身に着けた名札で来場した人や、M5Stackを使ったコミュニケーションロボットのスタックチャンを持ち込んだメイカーなど、出展者以外に配布したバッジも多い。ともあれ、多くの出展者/来場者がM5Stackを作品づくりに活かしていたのは間違いない。
5月4日、東京でのユーザミートアップは、定員100人のところキャンセル待ちを含めて180人を超える申し込みがあるなど、コロナ禍でもM5Stackの人気がますます拡大していることが見て取れた。
2017年の製品開始時から、M5Stack世界シェアのうちおよそ35%を日本が占めている。世界全体で市場規模は伸び続けているので日本の割合は変わっていないが、「さまざまな活用事例やアイデアなど、日本ユーザーからのフィードバックは常にチェックしている」とCEOのジミーは語る。
活用事例を募集するM5Stack Japan Creativity Contestも現状は日本でのみ行われているが、将来的には世界的に拡大したいという。
M5Stackは、10月14~15日のMaker Faire Tokyo 2023へもスポンサーとして出展を予定している。日本ユーザーとの交流は今後も進みそうだ。